第4回 ツーリストガイド&メディアコーディネーター 轡田洋子さん

マカオの旅行関係者で知らない人はいないと言われる轡田洋子(くつわだようこ)さん。

轡田さんは20年以上のキャリアを持つベテランガイドと、最近はメディア媒体のコーディネートもする「マカオの紹介者」という2つの顔を持つキャリアウーマンです。

対談の場に指定されたのは、いかにも轡田さんらしいマカオ国際空港でした。

第4回 ツーリストガイド&メディアコーディネーター轡田洋子さん

《以下、ク:轡田さん、マ:マカオナビ》

-マカオ人のご主人とご結婚してマカオへ来られたそうですが、85年当時のマカオの印象はいかがでしたか?

ク: 私が来た頃は静かな田舎街でした。

何もかもが香港に遅れていて、土地も狭かったですし(埋め立てられていないため)大きな道路も高いビルもなかったので、のんびりしていましたね。

縁あって、すぐにガイドの仕事に就いたのですが、今とは仕事のスタイルも違いますね。

マ: のんびりしたマカオらしい、のんびりした観光だったんですね。

ク: それがのんびりもしていられなくて・・。

私が観光の仕事を始めた頃には日本人観光客は毎年増加しておりまして、香港返還(1997年7月)までは今より日本人観光客が多いくらいでしたし、その後も忙しい日が続いていたのです。

マ: 本当ですか!?マカオの渡航者数はここ数年で急増しているはずですが、どういうことでしょうか?

ク: 日本人を案内するガイドや旅行会社が今のように多く無かったこともあるでしょうが、毎日慌ただしくて1、2ヶ月休みがないなんて事もあるくらいでした。

ところが、2003年にSARS*1がありましたでしょ?

*1 2002年中華人民共和国広東省より発症した新型肺炎。重症急性呼吸器症候群。香港では1755名が発症、299名の死者が出た。

マ: SARS!なるほど!ありました、ありました。

ク: 想像も付かないかもしれませんが、あの時は本当に大変で、何ヶ月も日本からのお客様が0になりました。今の毎年増加している渡航者はそこからの復活なのです。

マ: マカオでも発症された方がいらっしゃったのですか?

ク: いいえ。それがとても不思議なのですが、香港をはじめ広東でも東南アジアでもあれほど猛威をふるったのにマカオで発症した人は一人もおりませんでした。唯一珠海から治療のために入国してきた中国人患者がおりましたが、それっきり。

マ: これほど密集した街なのに、それは不思議でしたね。

ク: ええ、中国人はかつてマカオのことを「蓮の花の国」と、ポルトガル人は「テラ・サンタ」と呼んでいました。

蓮の花は仏陀が座る場所で、テラ・サンタは『聖なる地』という意味なのですが、あの時は私も「ここは本当に神秘的な力に守られた場所なのかもしれない」と思いました。

マカオらしいでしょ?(笑)

第4回 ツーリストガイド&メディアコーディネーター 轡田洋子さん

マ: ええ、マカオらしい逸話ですね。でも実被害が無かったのに何ヶ月も観光客ゼロですか!?

ク: 当時のマカオ旅行と言えば香港旅行のオプションが主ですから、香港にいらっしゃらないのだからマカオにもいらっしゃいませんでしょ?

私たちにはどうしようもなくてね。マカオの観光は壊滅的な打撃を受けて、私もSARSがきっかけで2003年にガイドからオフィスワークへ職場が変わることになったのです。

マ: そうでしたか、勉強不足で恐縮です。

ク: その後は、マカオナビさんもよくご存じのSands(サンズ)カジノのオープンや中国人観光客の増加などマカオブームが始まり、今に至るわけです。

 

-近年の開発や変化を生活者としてどのように捉えていらっしゃいますか?

ク: 国際空港ができて物流環境が激変しました。以前は調味料すら欲しい物が揃わなくて香港まで行かなければならないことも多かったのですが、今は日本の食材やこの地域では栽培されていない野菜なども簡単に購入できるようになり生活が便利になりました。

道路も今のような舗装の広い路は少なかったので、交通環境は一変しましたね。カジノ収入が増えたおかげでその税収を使った社会福祉が充実しました。

もちろん見方を変えればマイナスもあるとは思います。しかし、生活者とすれば不便が解消され経済にゆとりができ、社会福祉が充実するのは喜ばしことだと思います。

澳門生まれの主人も「マカオの景色が変わるのは寂しいけれど仕方がない」といっています。

たとえば子供の授業料は幼稚園の年長から高校までの15年間無料ですし選択支も多く、語学教育などは日本より進んでいます。私の子供は広東語と日本語とポルトガル語と英語を話すのですよ。

マ: 凄い・・。日本語ですらおぼつかない私には羨ましいばかりです。

-世界遺産登録後は日本のメディアもこぞってマカオを取り上げましたが、その多くを轡田さんの所属するJMC(ジャパニーズ・メディア・コンサルタント)さんがコーディネートなさいましたね。芸能や雑誌のコーディネートすることが以前より多くなったきっかけは?

ク: マカオに日系旅行社が少ない時代でしたので観光局さんのご紹介を受けて雑誌などのメディアさんをガイドすることが以前からありました。

世界遺産登録後はTV等映像の仕事が増えていましたので、より専門性を高めるために2008年に『メディア・コンサルタント』という専門の会社を私の上司が設立しました。

マ: メディアのお仕事って、タレントさんや有名人に会えて、華やかな楽しいイメージですが、特別な苦労や、メディアならではの注意点などはありましたか?

ク: 楽しんでやっていますので苦労はありません。ただ、メディアさんの目的は取材ですから、取材先への連絡や、交渉、カメラに映る世界遺産や行政の建物などは全て許可を申請しないといけないので、そう言った手配が多いのが特徴です。

多くの場合、『こんな画が撮りたい』『こうゆう趣向で』と要望を頂きますので、それに合わせてコーディネートします。

マ: 例えばどんな番組を担当なさったのですか?

ク: 2008年はマジック革命セロ、ごきげんブランニュ、弾丸トラベラー、

2009年は世界一行きたい修学旅行、世界ふしぎ発見!、イケメン5などの番組を私共でコーティネートしました。

マ: 「世界一行きたい修学旅行!」面白かったですよ!あの番組の中で飴の屋台を紹介していましたよね。私も食べてみたいのですが場所はどこですか?

マカオの街角 龍鬚糖

ク: 「龍鬚糖」という飴です。紅街市近くの香港上海銀行前に午後2:30から屋台が出ています。

 

-マカオナビユーザーは自分で色々歩き回ったり、調べたりするのが好きな人が多いのですが、そんなユーザーにオススメのお店や場所を教えていただけませんか?

ク: コーディネートした雑誌やメディアでもご紹介していますが、まだメディアさんに殆ど紹介されてない店でしたら、麺やさんでは2ヶ所。

ワンタン麺のおいしい「聯記麺家(リュンケイ)」、スープがあっさりしていて水餃子などもおいしいですよ。観音堂の近くです。

それから四川料理の「四哥麺(テイコウミン)」、ここの辛い酸辣湯麺は美味しいですよ。キュウリのたたきをつまみにビールなんて絶品です。場所は連勝馬路と渡船街の交差するあたりにあります。*2

四川風キュウリのたたき マカオにて

マ: うわー美味しそう美味しそう。。

*2 福隆新街にある聯記麺食は系列店ですが観音堂近くのお店がお勧めです。四哥も澳門市内に支店が2カ所あり四哥小食2は黒沙、四哥小食3は新馬路にあります。

ク: 飲食店以外では、暑い時期に子供連れで来られたファミリーにはコロアンの竹湾プールがオススメです。

景色も雰囲気も良いですし、子供も喜ぶと思います。

ただし、ここは階段があるのでお年を召した方にはきついかもしれません。

マカオ 竹湾プール

マ: いいですねー。澳門は暑いですし、全てのホテルで子供向けのプールがあるわけではないので、家族連れの方にはとても参考になると思います。あそこは目の前が海だから、結構遊べそうですね。

(竹灣泳池は5月1日から10月31日まで。大人15mopくらい 路環竹灣馬路)

-最後にマカオナビのユーザーさんにメッセージをお願いします。

ク: マカオはいろんな街の姿が楽しめる美しい街です。

路地歩きも楽しいし食事も美味しくてバリエーションが多くて、マカオナビのユーザーさんのように色々な所を歩いて回る方や、旅慣れた人にもきっと喜んでいただけると思います。

少しでも多くの方にマカオを楽しんでいただけたら嬉しいです。

轡田洋子さん

1981年 アビリンピックに語学ボランティアとして参加、スポーツイベントのマカオ代表選手として参加していたご主人(ポルトガル系5世)と出会う。

1985年 7月にマカオへ移住、11月に結婚

2007年 世界旅遊有限公司(World Holidays)へ

2008年 ジャパニーズ・メディア・コンサルタントで雑誌、TV番組のコーディネートを担当

現在は世界旅遊有限公司でのオフィス兼ガイドと兼務している。

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