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聖アントニオ教会(世界遺産 – 22)

聖安多尼堂及前地(花王堂) St. Anthony’s Church and forecourt 聖アントニオ教会
この教会は1558 – 1560年(日本:弘治4年 – 永禄3年 室町時代、中国:明の時代)に建てられた。マカオの三つの古い教会のうちの一つ。建設当初は茅葺き屋根の質素な教会だった。マカオの教会の初期の頃、火災に見舞われるケースが多く、聖アントニオ教会も例外では無かった。この教会の近代の歴史について、教会の入り口にある石にポルトガル語で刻まれている。
それによると、
1638年(日本:寛永15年 – 江戸時代、中国:清の時代)に作られて1809年(日本:文化6年 – 江戸時代、中国:清の時代)に損壊している。再建されたのは1810年。しかしその後の1874年(日本:明治7年、中国:清の時代の末期)に再度損壊した。1875年に修復された。
1874年9月22日の損壊は火災によるものである事が分かっていて、それはあまりにも酷く、マカオの人々の脳裏に焼き付いた。
1874年の9月22日、巨大な台風が珠江口一帯(香港・マカオ・広州)を襲い、当時、人口60,000人前後だったマカオで5,000名を越す死者を出した。
それは9月22日の蒸し暑く、しかし静かな月夜の夜だったが、突然、大雨と強風に見舞われた。船は内陸地にまで押し流され教会にぶつかるほど海面の水位が急上昇した。
風は益々勢いを増し、落雷によりあちこちの家屋で火災が発生。その炎はやがて聖アントニオ教会を襲うに至り、海上では漁船・貨物船合わせて2,000隻が海底に沈んだ。
早朝4時に台風はマカオに上陸。その時、台風の中心気圧は945hPaだったという記録が残っている。
これをポルトガル当局は災害の日と認定。その事から9月22日は“天災日”とされ、市民は“聖アントニオの像”を担ぎ、市内を練り歩く日となった。
1930年(日本:昭和5年、中国:中華民国)に、この教会の鐘塔と前壁の部分は改築されている。1951年(日本:昭和26年、中国:中華民国)と1953年には内部、特に祭壇の部分の改修工事を行った。この教会はイエズス会の宣教師たちが寄宿した教会である。
この教会の守護聖人は聖アントニオで、マカオに住むポルトガル人は結婚式をこの教会で挙げる為、この教会の事を地元の人は“花王堂 – Church of Flowers” – 花の教会と呼んでいる。
*1951年の時点で、その二年前に中華人民共和国が成立したとなっているが、現在の中国が正式に国として国連から認証を受けたのは1971年10月25日。
聖アントニオ教会の周辺を含む施設
セナド広場から聖ポール天主堂前の広場を目指し、広場の階段前を左へ。お土産屋さんが並ぶ通りを抜けた右手。広場階段前から徒歩5分程度。
聖アントニオ教会情報
時 間/06:30 - 18:00
休館日/無し
住 所/Largo de Santo Antonio
入場料/無料
最寄駅/バス:8A・18A・19線
新馬路/華僑(M134)で乗車。白鴿巢前地(M201)で下車。バス停の反対側に聖アントニオ教会。バス乗車で10分前後。