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カーザ庭園(世界遺産 – 23)

東方基金會會址(原賈梅士花園房屋舊址)Headquarters Building of the Orient Foundation (Former Casa Garden of the Camões Grotto) カーザ庭園
カーザ庭園は現在、オリエントファンデーション(Orient Foundation/東方基金會)所有の施設となっており現在でも継続使用されている。
1770年代(日本:明和7年・江戸時代、中国:清の時代)に建てられたポルトガル貴族のマニュエル・ペレイラ(Manuel Pereira)の別荘であったが、その後一時期イギリス東インド会社に貸与されていた。当時のイギリス東インド会社の本部であった。
その後、1885年(日本:明治18年・内閣制度ができた年、中国:清の時代)に当時のマカオ政府の所有となり、1960年代にはカモエス博物館となり、1989年に現在のオリエントファンデーションへと売却。
イギリス東インド会社は阿片貿易の独占的専売権を持っていて、清の国に対して阿片貿易を積極的に行っていたその時期、マカオは英国船船員の起こす問題、密輸などに悩まされていた。
アヘン戦争は1840年(日本:天保11年・江戸時代、中国:清の時代)と1856年(日本:安政2年・江戸時代、中国:清の時代)に勃発し、イギリスは香港を治めた。このアヘン戦争が起こる前年の1839年にマカオは清の国に対し、明確に英国の行為を非難。中立な立場である事をアピールした。1940年に状況が悪化する中、戦争に巻き込まれる事を恐れたマカオ政府は英国軍と英国関係者をマカオから追放する決断をする。
時代に翻弄されながらもマカオはこの地を守り、清の国との貿易の窓口であるマカオの優位性を保持する為に、生き残りを掛けた交渉をしたその中心点がこのカーザ庭園とも言える。
これらの経緯については本サイトで執筆頂いている城西国際大学の塩出教授のコラムに国名にその当時の話しが書かれている。下記のリンクからご参照頂きたい。
カーザ庭園の周辺を含む施設
セナド広場から聖ポール天主堂前の広場を目指し、広場の階段前を左へ。お土産屋さんが並ぶ通りを抜けた右手。広場階段前から徒歩5分程度のバス停 白鴿巢前地を背に右斜め前で、墓地の横。聖アントニオ教会からひとまとめで四ヶ所を回れる。
カーザ庭園情報
時 間/10:00-19:00
休館日/無し
住 所/Largo de Camões, Macau
入場料/無料
最寄駅/バス:8A・18A・19線
新馬路/華僑(M134)で乗車。白鴿巢前地(M201)で下車して目の前。バス乗車で10分前後。