- おとな旅. 週末マカオ 日本からいちばん近い欧羅巴- をテーマに万華鏡〈kaleidoscope〉のような町- あなただけのマカオを見つけてください。
写真家 陳顯耀のコラム Vol.1

十月初五街の流動する風景 —— 失われゆく露店たちの記憶

マカオが中国に返還したばかりの頃、私は十月初五街の近くに住んでいたため、この通りに息づく人々の活き活きとした姿によくカメラを向けていました。
当時の街頭の露店商たちは、この古き良き通りにとって欠かすことのできない風景そのものでした。タバコ売りのタバコ露店をはじめ、眼鏡屋、衣料品店、日用雑貨の露店から、康公廟の門前で海賊版のテープやCDを売る露店、そして通りに面して並べられた色とりどりの布地まで。新年の足音が近づけば、カレンダーや日めくりをいっぱいに載せた手押し車が現れ、夕暮れ時になると中国銀行の向かいにある「燒味」の露店から香ばしい匂いが立ち込め、質屋の「德生大按」前には少し寂しげに靴を並べる露店がある……これらすべてが織りなす街角には、人々の暮らしの温もりが満ち溢れていました。
時代の移り変わりとともに、人々の買い物スタイルや生活様式も次第に変化し、露店商人たちも高齢化に伴い、一人、また一人と静かに街から姿を消していきました。かつて賑やかだった街角は次第に静けさを取り戻し、あの手押し車も、商品棚も、積み上げられた布地も、光を反射していたCDケースも、少しずつ記憶のカーテンの向こう側へと隠れていきました。
今振り返れば、それらの街並みはもう存在しませんが、私たちと同世代の人々にとって共有の「集団的記憶」となっています。それは通りの持つ温もりであり、あの時代の素朴さと生々しさであり、そして日々の日常の光影の中で、黙々と自らの手で暮らしを支え、歳月の彩りを育んできた人々への記憶なのです。
カメラマン 陳顯耀
マカオナビ編集長ケイより 「時代と背景」
十月初五街 Rua de Cinco de Outubro
マカオ半島の西部に位置するこの通りは、もともと内港の入り込んだ小さな入江でしたが、のちに埋め立てられて通りが作られました。
当初は「泗𠵼街」と呼ばれていましたが、1910年10月5日にポルトガルで起きた共和制成立の革命を記念して現在の名称に改められ、「十月初五街」(10月5日通り)と称されています。
この通りは内港にあった広東・香港・マカオを結ぶ複数の客船ターミナルに近く、南端には「岐關車站」というマカオと広東省各地を結ぶ長距離直行バスのバスターミナルもあったため、多くの旅人が行き交い、商業や飲食業が非常に栄えたマカオ屈指の繁華街の一つでした。
1960年代から70年代にかけて一時落ち着きを見せたものの、80年代以降に再び活気を取り戻しました。沿道には店舗だけでなく、最盛期には300を超える露店が立ち並び、衣料品や日用品、果物などが豊富に揃い、手頃な価格も相まって大勢の買い物客で賑わいました。






