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カモエス広場(世界遺産 – 30)

白鴿巢前地 Camões Square カモエス広場
カモエス広場はバス停の白鴿巢前地(M201)で下車した目の前に広がるスペース。道路を渡った反対側が聖アントニオ教会。カモエス広場の後ろには、同じく世界遺産のプロテスタント墓地やカーザ庭園がある。このエリア全体は聖安多尼堂區(聖アントニオ堂区)と呼ばれ、マカオで一番最初にポルトガル人が住みついたエリア。
このカモエス広場の“カモエス”は、道路を背にした正面奥にある公園(カモエス公園)にポルトガル人、Luís de Camões(ルイス・デ・カモエス)の像があり、そこから命名されている。
ルイス・デ・カモエス(1524 or 1525 – 1580)はポルトガル人の元軍人で、当初、ポルトガルからゴアに赴任。戦闘に参加しながら現地の歴史などを学んだ。
元来、曲がった事が大嫌いで、如何なる不正も許さなかったカモエスは、ゴアの地を統括する総督と衝突。結果、1556年(日本:弘治2年 – 戦国時代、中国:明の時代)にマカオへと追放されてしまう。
マカオには二年間おり、その間、公園内にあった石の洞窟の中で彼の代表作となる詩集『Os Lusíadas – 葡國魂(ウズ・ルジアダス)』を執筆した。
その詩は、バスコ・ダ・ガマとポルトガルの英雄たちが喜望峰を越えてインドへ向かう新航路を開拓したストーリーで、これはポルトガルの文学史上、最も優れた文献であり、かつ重要な作品とされている。
1977年(日本:昭和52年、中国は中華人民共和国が国として認証されて六年目で、前年に文革が終結。大学の試験が再開した年)、カーネーション革命(1974年)後のポルトガル本国 新政府は、世界中のポルトガル人の集結を呼び掛け、6月10日、これはカモエスの命日でもあるが、この日を
“葡國日、賈梅士日暨葡僑日” Dia de Portugal, de Camões e das Comunidades Portuguesas
ポルトガルの日・カモエスの日・ポルトガルコミュニティーの日と定めた。
ポルトガル時代のマカオは軍事パレードと祭典があり、その日は公園内にあるカモエスの像に献花をする事が恒例となっていた。現在、これはマカオ政府の公的な行事から外され、在マカオポルトガル領事館を中心とした、ポルトガル人のコミュニティでその行事を継続している。
毎年開催されているFestival da Lusofonia 葡韻嘉年華(ルソフォニア)は、1998年より6月10日に行われていたが、雨季と重なる為、現在は10月の中旬頃に開催されている。
ルイス・デ・カモエスは、1950年代のマカオ紙幣の100MOPと1980年代に発行された50MOPにその肖像画が描かれていた。
カモエス広場の周辺を含む施設
セナド広場から聖ポール天主堂前の広場を目指し、広場の階段前を左へ。お土産屋さんが並ぶ通りを抜けた右手。広場階段前から徒歩5分程度のバス停のところ。
カモエス広場情報
時 間/24時間
休館日/無し
住 所/Largo de Camões, Macau
入場料/無料
最寄駅/バス:8A・18A・19線
新馬路/華僑(M134)で乗車。白鴿巢前地(M201)で下車して目の前。バス乗車で10分前後。