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プロテスタント墓地(世界遺産 – 24)

基督教墳場 Protestant Cemetery プロテスタント墓地
1821年(日本:文政4年 – 江戸時代の鎖国の時期、中国は清の時代)に竣工された墓園。本来の名称は(イギリス)東インド会社墓地。1821年、プロテスタントの牧師であるロバート・モリソンの妻がマカオで病気で亡くなった。モリソンはマカオで最初のプロテスタントの牧師であり、東インド会社の職員でもあった。マカオで妻が亡くなった事からモリソンは東インド会社にお願いし、マカオ政府に働きかけこの場所を墓地とする様、許可を取り付けた。これがマカオ初のプロテスタントの墓地である。
1857年(日本:安政3年 – 江戸時代幕末、中国:清の時代)、当時のマカオ市政庁は市内の遺体を埋める事を禁止した為、この墓地を閉鎖。そのまま現在に至る。
この敷地内には庭と墓園が設けられており、庭にはモリソン記念堂が設置されている。1830年よりその記念堂は、プロテスタントの信者達の礼拝堂として使用されている。建物自体は1922年に修繕。墓園は教会の裏の位置にあたる。
墓地の中には180以上の英国・米国・オランダ・スエーデン・デンマーク等の国籍の方が眠っており、それらの人々は商人・伝道師・冒険家・船乗り・兵士であったとされる。
そこに眠る有名な方は英国人でマカオに二十年以上住んでいた画家のGeorge Chinnery(ジョージ・チナリー)、マカオ初の在中国スエーデン領事のAnders Ljungstedt(アンドリュー・ユングステッド)、ウィンストン・チャーチルの大叔父にあたるHenry John Spencer-Churchill(ヘンリー・ジョン・スペンサー・チャーチル)、二代目のアメリカ大統領の孫Joseph Harold Adams(ジョゼフ・ハロド・アダムス)にモリソン一家らが眠っている。
尚、このロバート・モリソンの名は湾仔のモリソンヒル、モリソン・ヒル・ロード、上湾のモリソン・ストリート等、香港の多くの場所にその名前が残されている。
*ここに眠るこれら著名人はそれぞれにユニークな経歴とマカオとの関わりがあり、それぞれに対し、強い好奇心と興味を禁じ得ない。また国内外を問わず多くの文献が研究者によって残されている為、編集部としては機会を見て、それぞれの人物とマカオの関わり合いについて書いて残して行きたいと考えている。
プロテスタント墓地の周辺を含む施設
セナド広場から聖ポール天主堂前の広場を目指し、広場の階段前を左へ。お土産屋さんが並ぶ通りを抜けた右手。広場階段前から徒歩5分程度のバス停 白鴿巢前地を背に右斜め前。聖アントニオ教会からひとまとめで四ヶ所を回れる。
プロテスタント墓地情報
時 間/8:30-17:30
休館日/無し
住 所/Largo de Camões, Macau
入場料/無料
最寄駅/バス:8A・18A・19線
新馬路/華僑(M134)で乗車。白鴿巢前地(M201)で下車して目の前。バス乗車で10分前後。